20160926日本経済新聞朝刊 (社告)宝塚歌劇貸し切り公演

読者800組を抽選で無料ご招待 12月5日、東京で

s__5038082宝塚歌劇の貸し切り公演に抽選で800組1600人を無料ご招待します。

解説

日経主催の宝塚貸切公演の記事です。
これ自体ビジネスとは全く関係ないんですが
ある人物の話をしたくて取り上げました。
その人物は「小林一三(いちぞう)」です。
彼がどんな人物なのか紹介していきます。

小林一三って?

小林一三明治から昭和にかけて活躍したいわゆる実業家です。
箕面有馬電気軌道(阪急電鉄の前身)を復活させ
東宝、宝塚歌劇団を設立、その実績を評価され大臣を歴任するなど
輝かしい経歴を持っています。
「宝塚歌劇団を作った男」という意味で
今回の記事と関係していると言えますが
どちらかというと阪急の復活劇に
ビジネス的思考を学べるところが多くあります。
彼は斬新なアイデアを次々に実行し
現代の鉄道会社の在り方や、日本人のある概念すら変えてしまいました。

出だしから倒産寸前の鉄道会社

一三は慶應義塾を卒業後三井銀行で働いていました。
その時の上司だった岩下清周。
彼は銀行を辞めたのちに北浜銀行(三菱東京UFJ銀行の前身)を設立。
その時に一三を関連の証券会社支配人に迎えようと計画、
一三も快諾し大阪へ赴任することになりました。
しかし恐慌によってその話は立ち消え、一三は失業状態に。
その頃一三は電鉄事業に将来性があるとして
当時新規開業したものの恐々によって倒産寸前まで追い込まれた
箕面有馬電気軌の救済を北浜銀行に依頼、
岩下がこれを承認して一三は同社の専務になりました。

箕面有馬電気軌道

将来性があるとしてもすぐに潰れそうな会社に入るのは
かなりリスクがある選択だと一般的には捉えられます。
ただ失業中の身であることと、有限責任を負う社長という
立場ではないことから、失敗したら職を失うだけというリスクは
個人的にはリスクだと思いません。
むしろここで成果を出すことができれば
自分の評価を大きく上げることができますし。
一三もおそらく同じように
大胆にやってやろうと決心していたと思います。

当時箕面有馬電気軌道という会社は大都市部を結ぶ路線ではなく
田園地帯の路線だったため採算が取れないという懸念がありました。
そこで一三はある決断をします。
「乗客は電車が創造する」
乗客がいなければ作ればいいという考え方です。

どうやって乗客を増やした?

一三は今では当たり前の鉄道会社主導での都市計画
日本で初めて行いました。
つまり駅の近くや路線沿線に
住宅を作り住民を増やすという戦略です。
線路通過予定地の沿線土地を先に買収し
郊外野での宅地造成開発を行い
分譲販売をしました。

宅地造成
この時造成された宅地は一三のこだわりが反映されており
当時では珍しく電気下水道完備されており
快適さを追求した作りになっていました。
さらにまたまた当時では珍しい割賦販売(月賦販売)をすることで
大成功を収めました。
今で言う住宅ローンを最初にはじめたのが一三です。

宝塚歌劇団

人口が増えるだけでは乗客増加に結びつかないと考えた
一三はさらなるアイデアを出します。
「駅に娯楽施設を作ればそれを目的に電車に乗る機会が増える」
そう考え、温泉施設や宝塚歌劇団を創設
見事収益増加につなげました。

次なる一手「百貨店」

一三は業績好調を背景に都市部を結ぶ沿線を開業し
社名を「阪神急行電鉄」と改めました。
いわゆる阪急は今でも都市開発の上手な鉄道会社として
一線で活躍していますね。
大都市圏を結ぶことで通勤時の乗客者数は爆発的に増えたものの
昼間の時間帯などは乗客率が良くありませんでした。
解消したいと考えていた一三は、昼の電車で主婦が買い物袋を
抱えて乗り込んでいる姿を見てひらめきました。
「昼に買い物するために電車を使ってもらおう。」

阪急百貨店

一三は日本ではじめてとなるターミナルデパートとなる
5階建てのビルを梅田駅の隣に建設。
1階には東京の白木屋(東急百貨店の前身)を誘致し
2階には阪急直営の食堂を設けました。
ここでひとつの疑問が残ります。
なぜすぐに直営の百貨店としてオープンしなかったのか。
テナント利用してもらう形にしたのは
そのノウハウを学ぶためだったと言われています。
品揃えや陳列方法、客足やニーズを徹底的に研究分析したうえで
テナント契約終了後、改めて直営の「阪急百貨店」として
オープンさせました。

ソーライス

メニュー

4.5階に移転した大衆食堂はハイカラな洋食を低価格で提供し
人気を博しました。特に「ライスカレー」が人気で
一三がカレーライスを育てたと言っても過言ではありません。

大衆食堂
また当時このライスカレーにウスターソースをたっぷりかけて
食べるのが常識でしたが
お金がないお客の中にはライスだけを注文して
テーブル備え付けのウスターソースや福神漬をかけて食べおり
これが「ソーライス」と呼ばれていました。
当初上層部はこれを問題視し、ライスのみ注文禁止を決定しましたが
一三は逆に「ソーライス」を歓迎する姿勢を打ち出して
「ライスだけのお客様を歓迎します」という張り紙まで出させました。
その理由として
「今は貧乏だけど、やがて結婚して子どもを産む。そのときにここで楽しく食事をしたことを思い出し、家族をつれてまた来てくれる」
と話したそうです。
客を育てるという素晴らしい経営感覚を持っていたことを
証明するエピソードですね。

まとめ

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ほかにもいろいろと話そうと思っていましたが
ちょっとここでは語りきれないので
次回のビジネス起業塾で解説したいと思いますので
お楽しみに。

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